経理業務は、会社のお金の流れを支える重要な役割を担っています。しかし、担当者が固定されすぎると、その人にしか分からない処理や判断が増え、引き継ぎが難しくなる「属人化」の状態に陥りやすくなります。
属人化が進むと、担当者の退職や休職、ミスの発生など、さまざまなリスクが高まります。とくに中小企業では「業務が忙しくて改善まで手が回らない」という理由から、知らず知らずのうちに属人化が進行しているケースが多いのが現実です。
こうした状況を防ぐには、経理業務を仕組みとして整理し、誰が担当しても同じように進められる環境を整えることが欠かせません。本記事では、経理の属人化を防ぐために実践できる具体的な仕組みづくりを紹介します。見える化・共有化・改善の3つの観点から、明日から始められる対策をわかりやすく解説していきます。
経理が属人化してしまう原因とは
多くの企業で「経理はあの人しか分からない」と言われるのは珍しくありません。これは偶然ではなく、経理業務の構造や習慣に原因があります。この章では、なぜ経理が属人化しやすいのか、その背景とリスクを整理します。
担当者に業務が集中しやすい仕組みになっている
経理は数字や書類の扱いが複雑で、確認作業にも正確さが求められるため、自然と「慣れている人」に仕事が集まりやすい傾向があります。最初のうちは効率的に見えても、特定の担当者だけが内容を理解している状態が続くと、他の社員がサポートに入りづらくなります。
これが属人化の始まりです。特に、月次や年次など特定の時期に作業が集中する経理業務では、担当変更のタイミングを作りにくい構造的な問題もあります。その結果、同じ人が長年同じ業務を抱え込み、いつの間にか「その人がいないと回らない」状態になってしまうのです。
こうした仕組みが固定化すると、トラブル発生時や急な休職に対応できず、組織全体の業務が止まるリスクを抱えることになります。業務を分散させ、複数人で支え合える体制を意識的に作ることが、安定した経理部門を維持するための第一歩と言えるでしょう。さらに、担当を限定せず、誰でも入れる柔軟な運用を整えることで、日常業務の負担も軽減されます。
口頭伝達や経験頼みのやり方が続いている
経理では、細かい処理や判断を求められる場面が多く、担当者が「自分なりのやり方」で業務を覚えてしまうケースがよくあります。口頭での説明や経験に頼った引き継ぎでは、言葉足らずになりやすく、理解に差が生まれてしまいます。
中小企業では特に、正式なマニュアルがなく「前任者から教わった通りにやる」という方法が主流になりがちです。しかし、その方法が最適とは限らず、非効率な手順が引き継がれてしまうこともあります。
さらに、経験で覚えた業務は記録に残らないため、属人化が進み、他の人が代行できない状態を生み出します。業務の知識や判断基準は、口頭ではなく「見える形」で共有することが大切です。たとえば、手順を簡単に書き出して共有フォルダに残すだけでも、引き継ぎがスムーズになります。経験を「個人の財産」ではなく「会社の資産」として蓄積していく意識を持つことが、属人化を解消する第一歩です。
マニュアルやルールが整備されていない
属人化が進む職場の多くは、マニュアルやルールが整っていないことが共通しています。業務が担当者の頭の中だけで進んでおり、「暗黙の了解」や「慣習的な処理」が多く存在します。たとえば、請求書の分類方法や支払処理の流れなど、少しずつ人によってやり方が異なれば、全体の品質にばらつきが出ます。
こうした状態では、担当者が不在になった際に、後任が同じ結果を出すことが難しくなります。また、ルールが明確でないと、ミスが起きた時に原因を特定しづらく、改善も進みません。
マニュアルやルールを作ることは手間がかかるように思えますが、一度整備すれば作業効率が上がり、教育や引き継ぎにも役立ちます。最初は簡単な業務から始め、実際に使いながら更新していく形で進めると継続しやすいです。組織の中で「共通のやり方」を定めることが、安定した経理運営を支える土台になります。
改善よりも日々の処理が優先されてしまう
経理担当者は毎日の仕訳入力、請求書処理、支払い確認、月次や決算対応など、常に時間との戦いの中にいます。そのため、「今やるべきこと」を優先し、業務改善や見直しを後回しにしてしまう傾向があります。
一時的には問題なく回っていても、改善が進まなければ属人化が定着し、長期的には大きな負担やリスクを生む原因になります。特に忙しい時期ほど、同じやり方を繰り返すことが習慣化し、新しい方法を試す余裕がなくなってしまいます。
その結果、作業効率が下がり、担当者自身の負担も増していく悪循環に陥ります。少しでも改善に向けた動きを取り入れるには、「一日の終わりに気づいた点をメモする」「月末に10分だけ振り返り時間を設ける」といった小さな工夫が有効です。
すぐに大きな改革をする必要はありません。日常の中で少しずつ改善を積み重ねる意識を持つことで、経理業務はより安定し、チーム全体の生産性も高まります。
属人化を防ぐために始めるべきこと
属人化を防ぐ第一歩は、「どんな業務が、誰の手で、どのように行われているか」を明確にすることです。ここでは、業務を見える化し、個人に依存しない仕組みに変えるための基本的な進め方を解説します。
まずは経理業務の全体像を見える化する
属人化を防ぐ第一歩は、経理業務を「見える化」することです。どんな仕事が、誰によって、どのタイミングで行われているのかを整理することで、チーム全体の流れが把握しやすくなります。まずは、日常業務から月次・年次業務まで、すべてのタスクを書き出し、担当者と処理内容を一覧化してみましょう。
これにより、負担が偏っている箇所や、他の人が関われない業務がどこかを明確にできます。また、業務の流れを図や表にまとめると、担当者以外でも作業の全体像を理解しやすくなります。経理業務は細分化されているため、「請求書処理」「支払い管理」「伝票入力」など、項目ごとに可視化するのが効果的です。
作業の抜け漏れや重複が見つかることもあり、改善のヒントにもなります。全体像を共有することで、チーム全員が自分の役割を理解でき、引き継ぎやサポートもスムーズになります。見える化は、属人化を防ぐだけでなく、業務の質を安定させる土台にもなるのです。
作業手順をマニュアル化して共有する
経理業務を見える化したあとは、作業手順を「誰でも理解できる形」にすることが大切です。特定の人しか分からないやり方を減らすために、作業の流れをマニュアル化し、共有できるように整備しましょう。
マニュアルは最初から完璧を目指す必要はありません。まずは日常業務で発生する手順を、簡潔に書き出すところから始めます。たとえば「請求書のチェック」「入金の確認」「伝票の入力」など、頻度の高い作業を優先してまとめると効果的です。
手順に加えて、注意点や判断の基準を具体的に書くことで、担当者が変わっても同じ品質で業務を行えます。マニュアルは個人のノウハウを組織の資産に変えるための重要なツールです。共有フォルダやクラウド上で管理すれば、誰でも確認できる状態を維持できます。属人化を防ぐためには、知識を「頭の中」から「共有の場」へ移す意識が欠かせません。
クラウドや共有ツールで情報を一元管理する
マニュアルや業務データを整備しても、それらが分散していると属人化を完全には防げません。経理情報を一元管理できる仕組みを整えることで、誰でも必要なデータにアクセスできるようになります。クラウド会計ソフトや共有ドライブを活用すれば、紙の書類を探す手間も減り、ミスの防止にもつながります。
また、アクセス履歴を残せるツールを使うことで、誰がどの処理を担当したかも明確になり、透明性の高い業務運営が可能です。経理に関する資料やデータを「個人のパソコン」や「メール添付」で管理していると、担当者が不在の際に業務が止まってしまいます。
クラウドを使うことで、リアルタイムでの確認や共同編集も可能になり、チーム全体での作業効率が向上します。情報を集約することは、単なる効率化ではなく、属人化を根本から防ぐための重要な施策です。データの共有環境を整えることが、組織としての信頼性を高める第一歩になります。
担当者を固定せず、ローテーションを導入する
どんなに仕組みを整えても、同じ人が同じ業務を長期間担当していると、属人化は再び進んでしまいます。これを防ぐには、担当業務を定期的に入れ替える「ローテーション制度」を取り入れることが効果的です。
ローテーションによって、複数人がそれぞれの業務を経験できるため、誰かが急に休んでも他のメンバーがフォローできます。また、他の人が作業を確認することで、業務の無駄や改善点が見つかりやすくなります。
ローテーションは大がかりな仕組みではなく、月ごとや四半期ごとに担当を交代するだけでも十分です。重要なのは、「自分だけの仕事」を作らない文化を浸透させることです。最初は時間がかかるかもしれませんが、長期的にはチーム全体のスキルが均一化し、リスクを分散できます。人が変わっても同じ品質で業務を回せる状態こそ、真の意味で属人化を防げている組織です。
誰でも引き継げる仕組みを作るコツ
仕組みを整えても、実際の引き継ぎがうまく進まなければ意味がありません。この章では、日常の業務の中で自然に引き継ぎができるようにする工夫と、属人化を再発させないためのポイントを紹介します。
引き継ぎチェックリストを用意して可視化する
引き継ぎをスムーズに行うためには、作業の流れや確認項目を一覧化した「引き継ぎチェックリスト」を作ることが効果的です。人の記憶や感覚に頼った引き継ぎでは、どうしても抜け漏れが発生しやすくなります。
チェックリストを作成することで、どの業務が完了しているのか、どこまで引き継がれているのかを一目で確認できるようになります。内容としては、日常業務・月次処理・年次対応といった大分類を設定し、それぞれに細かい作業項目を並べると分かりやすいです。
また、担当者のコメント欄や注意点を添えると、後任者が実際の作業をイメージしやすくなります。引き継ぎは一度きりで終わるものではなく、定期的に見直して更新することも大切です。業務の流れが変わったときやシステムを入れ替えた際には、チェック項目を修正して常に最新の状態を保ちましょう。誰が見ても理解できる引き継ぎリストがあれば、担当者が変わっても業務が止まることはありません。
ファイルやデータを整理してすぐ見つけられる状態にする
経理業務では、請求書や領収書、仕訳データなど、多くのファイルを扱います。これらがバラバラに保存されていると、探すだけで時間がかかり、引き継ぎの際に混乱を招きます。属人化を防ぐには、誰でもすぐに必要な情報にアクセスできる「整理されたデータ環境」を整えることが重要です。
たとえば、クラウド上に「年度」「月」「取引先」などのルールでフォルダを分類し、統一した命名規則でファイルを管理すると効率的です。紙の資料が多い場合は、スキャンしてデジタル化し、同じフォルダに保管しておくと便利です。
さらに、アクセス権限を適切に設定し、閲覧・編集できる範囲を明確にしておくと安心です。整理整頓が行き届いたデータ環境は、業務効率を高めるだけでなく、引き継ぎ時のストレスを減らす大きな助けになります。探す時間を減らし、確認の手間をなくすことで、経理の生産性と精度の両方を高められます。
業務を分担し、サポート体制を日常化する
属人化を防ぐうえで欠かせないのが、日常的にチームで支え合う「サポート体制」をつくることです。どれほど優秀な担当者でも、突然の休職や退職は起こり得ます。その際に業務が止まらないようにするには、普段から複数人で業務を把握しておくことが重要です。
まずは、主要な業務を分担し、担当者と補助者をペアで設定しておくと安心です。ペアでの運用にすることで、互いに作業内容を理解し合い、問題が起きたときもすぐにフォローできます。また、週に一度など定期的に進捗を共有する時間を設けると、情報の偏りを防げます。
サポート体制が日常化すれば、「誰かがいないと進まない」という状況を避けられ、安心して働ける環境が生まれます。チーム全体で支え合う仕組みは、経理業務の安定化だけでなく、職場全体の信頼関係を強める効果もあります。
定期的にマニュアルや体制を見直してアップデートする
どんなに丁寧にマニュアルや仕組みを整えても、時間が経つと内容が古くなっていきます。制度の変更や会計ソフトのアップデート、担当者の入れ替わりなどで、業務の進め方は少しずつ変化します。そこで大切なのが、定期的な見直しとアップデートです。
マニュアルやルールを放置すると、現場の実情と合わなくなり、結果的に属人化を再び招く原因になります。見直しは半年に一度、または期末ごとに行うのが理想です。その際には、実際に作業している担当者の意見を取り入れ、改善点を反映させましょう。
また、社内で共有ミーティングを開き、新しい手順や注意点を全員で確認しておくことも大切です。常に最新の情報が整っている環境を維持できれば、誰が見てもわかりやすく、安心して業務を引き継げます。マニュアルは作って終わりではなく、育てていくものという意識を持つことが、継続的な改善につながります。
まとめ
経理の属人化を防ぐためには、特別な仕組みや高価なシステムを導入する必要はありません。大切なのは、日常業務の中で「誰がやっても同じ結果が出せる環境」を少しずつ整えることです。まずは、経理業務の全体像を見える化し、どの作業がどの担当者に集中しているかを把握しましょう。
そのうえで、手順をマニュアル化して共有し、クラウドツールを使って情報を一元管理します。担当を固定せずローテーションを取り入れることで、誰でも引き継げる体制を作れます。さらに、チェックリストやサポート体制を活用すれば、引き継ぎの精度も向上します。
最後に重要なのは、「一度整えたら終わり」ではなく、定期的に見直し・更新を行うことです。経理の仕組みを育てる意識を持つことで、トラブルに強く、チーム全体で支え合える理想的な体制が実現します。今日から少しずつ整えていくことが、将来の安心につながります。